地下倉庫

地下の倉庫です。

#010 / 無罪

罪とは、被害が生じて初めて罪になるのではないかと思う。

例えば、あなたが職場の子のおしりを触ったとして、その子が「セクハラを受けた」と思ったらあなたはセクハラをしたことになるし、その子が「やった~おしり触られちゃった♪」と思ったらあなたはセクハラを働いていないことになる。
極端な話をしました。


18の頃、私もよくおしりを触られていました。
バイト先の料理長をはじめとした、男性店員のみなさんから。
まあ触るといっても「ウェイ!」とタッチされるだけですが。

バイトは飲食店の厨房だったので、お客さんからは見えません。
音楽を流したり、たまにお酒を飲んだりして、みんな結構好き勝手やっていました(今考えるとどうかと思いますが)。
「ナタへのおしりタッチ」は、そんな中で生まれた一種の文化でした。なんでやねん。

私の他にもう一人、おしりを触られがちな人がいました。
同じ厨房のナルさんです。男性です。
バンドマンで、茶髪パーマが印象的なサブカル系の見た目で、中身はちょっとサイコパス系のお兄さんでした。

でも別に、私もナルさんも「セクハラ」を受けていたわけではないので、私たちの店にセクハラはありませんでした。
おしりタッチは、挨拶みたいなもんでした。


そんなある日、店長と休憩が被りました。
店長は、台湾ハーフのアジア美女でしたが、性格が壊滅的でした。
嫌いな人が作った賄いを、一口も食べずにゴミ箱へ捨てたり。死ぬほど陰口を言ったり。

でもなぜか、私は店長から気に入られていました。
「ナタ氏~可愛いね~~」と、よく髪の毛を勝手に結ばれたりしていました。
店長だけが唯一、男連中に混ざって私のおしりをタッチしていました。

でも、その日の休憩は、それだけに留まりませんでした。
アホほど狭いバックヤードで身を寄せ合いながら賄いを食べた後、店長は私の肩でスヤスヤと寝始めたのです。
対人潔癖症気味の私は髪の毛が苦手なので、(うお~この状況最悪だけど、店長を起こすわけには…)と我慢していました。
暫くしたら、店長が起きて、私にキスをしてきました。

(ん???店長ってそっちか???)
(え~~気まずっ!!かなり気まずい!!)

何も言えずに店長をガン見していると、店長はまたスヤスヤと寝始めました。


休憩が終わり厨房へ戻ってからも、どことなく気まずかったのですが、(まあ、キスされただけだしいっか~)と私はすぐに通常運転を再開しました。

しかし、です。


その頃私は、毛先側半分だけ緑色という変な髪だったのですが、ある日の出勤時、突然店長の髪も全く同じように染まっていたのです。

「ナタ氏とお揃っちした~」

店長はニコニコしていました。
まあ私の髪色可愛いからな。真似したきゃしてくれ。
そんな風に思っていました。


私の緑色が抜け、次は赤のハーフカラーでメッシュも入れました(モモタロスになりたかった)。

そしてその翌週。
店長も全く同じ髪色になっていたのです。


これには、店中がざわつきました。

私もさすがに気まずくて、おしり仲間のナルさんに全てを言ってしまいました。

「え、キスされたの?ナタちゃん彼氏いるのに?それはセクハラだねえ」
「え」
「俺は、店長ってナタちゃんのこと好きなのかな~って思ってたよ。ナタちゃんもそう思うでしょ?」
「やっぱそうなんですかね」
「普通、好きだからって、彼氏持ちの子にキスしちゃダメでしょ」
「たしかにすぎて蟹になりました」
「ナタちゃん、相手が『店長』で『女』だから、やめてくださいって言えないんじゃない?どうせ『ただのじゃれ合いじゃん~』って言われるって思ってない?」
「思ってます。男たちがナルさんのおしり触るのと同じでしょって言われると思ってます。なんなら、ナタちゃんもおしり触られてるじゃん~それはいいの~?って言われると思ってます」


一通りナルさんに相談したあと、「次にキスされそうになったらちゃんと拒否する」と約束しました。
店長が本当に私のことを好いていてくれていたら、なんか申し訳ないし。
すまんが、その時は彼氏に一途だったので。


でも、その後店長からのスキンシップはパッタリとなくなりました。
暫くして、店長はどこかへ異動してしまいました。
ああ、ナルさんが料理長に話したんだなと、そう思いました(料理長は私のことを我が子のように可愛がってくれていたため)。



それから約9年が経った昨日。
久しぶりに新宿駅の西側をブラブラしていると、ものすごく店長に似た人を見かけました。
切れ長の目に、爬虫類みたいに大きな口、骨格はモデルみたいで、やっぱり美人でした。
多分本物の店長だ。実家が新宿にあるって言ってたし。

私はもう派手髪じゃないし、向こうは気づいてないだろうけど。
ああ、幸せにやってくれ。
別に、うちの店にセクハラはなかったよ、店長。



おわり